後から母親に聞いた話。
私は、人工呼吸器だけでは足りず、ECMOに繋がった。
その前くらいから、ずっと眠らされていたらしい。
ECMOに繋がった時なんて知らないし。
首と鼠径部に太い管が入ったのも知らない。
そのまま何日か眠っていたらしい。
全身パンパンに浮腫んで、黄疸が出て、呼吸もままならずに機械の助けを借りる。
母親が先生に言われた。
「この先どうなるかわからないので、会わせたい人はみんな呼んでください」
そんな状態だったらしい。
だから、シンガポールから弟も呼ばれた。
ちなみに、その翌日には姉もお見舞いに来てくれた。
姉はそこまで遠くない。
これを言われた後、母親は看護師さんに「お母さん大丈夫?」と言われたそう。
それを言われた途端、涙が止まらなくなった。
家に帰るまでずっと泣いていたらしい。
私が知らない間に、いろんなことがあったみたいだ。
何日も眠っていたなんて知らなかった。
かなり危険な状態だったらしいけど、本人は何も知らない。
自分のことなのに、自分が知らないのが不満だ。
一般病棟に戻ってから、主治医の先生に聞いてみた。
「ICUにいた時、そんなにひどかったの?」
「うん!あれは誰がどう見ても重症だった。テレビとかだと最終章。救急科の先生たちががんばってくれた」
何も知らない本人は、その姿を見てみたかったな、なんて呑気なことを思っている。


コメント